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涼しげに苦しむ君を追いかけて

Hey!Say!JUMP出戻り山田担のブログ。

青春の終わり〜ある二人の少年の場合〜

こんばんは!ななおです!
遅い時間の更新お赦しください。いま書かなきゃダメって感じなんです……

裕翔くん出演の行列見ました〜〜!
裕翔くんのビジュアル最高に盛れてました。あの前髪最高ですね( ◜◡‾)(‾◡◝ )
菅田くんとの夫婦漫才も可愛かったです…早く結婚した方がいいんじゃないか!(割と古いネタ)

人生のスランプスペシャル。やまゆと過激派の私はもう先週の予告の時点から不安で不安で仕方がありませんでした。
放送30分前に緊張でお腹が痛くなるレベルです。笑

ん〜〜結果としては、まあ心配してたほどではなかったかなと。まあ冷静に考えていきなり地上波でこの二人の氷河期赤裸々に語られてもねえ!!引くだけですよね!!!
むしろソフトに終わってよかったです。正直このエピソードはどちらの口から喋っても、初見の人には裕翔が可哀想に見えるでしょうし。判官贔屓の多いこの国じゃ裕翔にみんな同情して裕翔に寄りますよね!!!それは私が許さない!!!!!!!←

ここで山田さんが抱えてきたものがうんたらとか、裕翔の今の立ち位置がうんたらとか、典型的やまゆと派のお経を唱える気はないんですが(語れはするし語るの大好き)、ただひとつ言えるのは、彼らの「青春」はもう終わってしまったのだなと。
青春ど真ん中にいる私*1が青春を語るのも如何なものかとは思うのですが、青春の愚かさと美しさって結局のところ「自己との向き合い方」だと思うんですよ。*2
寺山修司しかり、三島由紀夫しかり、太宰治しかり…いわゆる厨二病を惹きつける芸術家達は表現の違いはあれ、自己というモチーフを若者達に投げかけていて、それが青春ど真ん中の学生達の心を動かすのであって。*3

で、その「自己との向き合い方」を考えていく上でどうしてもぶつからなければならなかった存在が山田涼介と中島裕翔だったんだと思うんです。
若いうちから芸能界に入って、自己をいかにして売り込んでいくか、ということを考えてきた二人。彼らの「自己との向き合い方」は、普通の高校生よりずっと、周りの評価に依拠するものだったと思います。
周りの評価、の「周り」には当たり前ですがお互いも含まれていて。

ずっと越えようとしていた相手が自分を羨んでいること。ずっと背中を見られていた相手に、今度はわざわざ振り返って見られること。

このことが、二人の青春の在り方に影響を与えないわけがなくて。

だから、この二人は、青春時代を氷河期で過ごすしかなかった。二人の氷河期が終わるということは、彼らの青春が終わるということを示すから。


その点で理想の息子というドラマは、彼らの青春の象徴だった、とやまゆとフィルター全開の私は思うわけです。
制服に身を包んで、嫉妬を向ける少年と、嫉妬を向けられる少年。
お互いの今までをなぞりながら、それでもそことは関係なく、一つの作品の演者として作品を作ること。
それが、彼らの青春を終わらせるための一番の儀式だったんじゃないかなと思います。

青春って、醜くて、儚くて、みっともなくて、こわれてしまえば、卒業してしまえば、二度と手に入らないもの。
だから、二人の時間がもう氷河期に戻ることはないと思います。もし戻るとしても、それは今までのものとはまったく別の種類のもの。
氷河期が終わったやまゆとが、「やまゆと」という商品としてのビジネスライクな関係なのか、本当に深い絆で結ばれるようになったのか、もしくはなるのか。それは、私には永遠に判断できないことだと思います。でも、それでいい。私が貴方達に求めるのはあくまでアイドルとしての偶像だから。

でも、少なくとも、彼らにとっての青春の象徴はお互いの存在である、ということは信じていたい。
大人になって、最高にみっともなくて必死だったあの頃を語るときに、お互いがお互いの名前を出せるような、そんな関係であると信じたいから、私はきっとやまゆと信者をやめられないんだと思います。

ま、スパデリが最高だからって話もあるんですけどね☆〜(ゝ。∂)

*1:そう私は花の高校二年生

*2:自論です。異論は認めます

*3:誤解されるかもしれませんが私はこの作家さん達が大好きです