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涼しげに苦しむ君を追いかけて

Hey!Say!JUMP出戻り山田担のブログ。

「お金の奴隷解放宣言」に女子高生が思うこと

キングコング 西野 公式ブログ - お金の奴隷解放宣言。 - Powered by LINE

各所で話題になっているこのブログ。


私はクリエイターでもなんでもありません。バイトは禁止されているし、お小遣いも一般より少ないただの女子高生ジャニヲタです。
そんな私なりに、思うことがあります。


なぜ小学生がお金をもっていないのか。小学生より中学生、中学生より高校生の方が一般的にお小遣いが多いのか。一般的なアルバイトは中学生はできず、高校生も制限されている人が多いのか。
それは単純に、「責任を持てない世代」であるからだと、私は思います。
お金を使う、稼ぐ、という行為は、責任が伴うものです。「お金」は商品を売ることによって手に入り、商品を買うことによって使われます。お金を得るときには人様のお金を奪っており、その奪ったお金を使うことに責任が生じないわけがない、と思います。
若い世代には人様のお金を奪うだけの能力がありません。必然的に責任も持てません。だからお金がありません。
若い世代がお金を得るとき、それは大抵お小遣いです。お小遣いは、「お金を使うことの責任」を学ばせるために、保護者が責任をもって、若い世代が若い世代なりに責任が持てる範囲のお金を渡しているから得られるものです。お小遣いを貰えない子たちは、親の責任でお小遣いを貰ってないんです。


「2000円は高くて支払えない」「じゃあ無料で公開しよう」という流れは、本質的には「子供なので責任が持てません」「じゃあ君は責任持たなくていいよ」ということではないのでしょうか。


もちろん、西野さんは「お金を払いたい人は払えばいい」と仰っています。責任を持てない子供にも絵本を届けたい、間違っていないと思います。
でも私は、お金を介さないと商品が手に入らないことを、「糞ダセー」とは思いません。第一、この絵本が出来て、そして無料公開できるのはクラウドファウンディングに「責任を持って」お金を出してくれた人がいたからであり、そのお金を「責任を持って」西野さんが運用し、お金を貰って「責任を持って」作成・販売に関わった人たちがいて、「責任を持って」買った人たちがいた上で、「責任を持って」企業広告をお金を払いページに出している企業がいるからではないでしょうか。西野さんが最初に2000円を提示したのは、購入者から2000円を取る責任を持てると思ったからではないでしょうか。


責任を持つことは、ダサいことでしょうか。


「『お金』の許可を取らなくても」いい社会、それは未だ責任を持てないながらも、これから責任を持って社会に出て行く若い世代にとってはディストピアであると思います。


今回の無料公開は、責任を取れない若い世代のために、俺らが責任取ってやるよ!ってことなんじゃないかなと思います。(個人的な解釈です)お金の許可を取ってないわけじゃなくて、私たちの代わりに西野さんたちがお金に許可を取ってくれているんです。責任がまだ持てない小学生のために責任を肩代わりしてくれる西野さんを初めとした大人の方々、かっこいいです。すごいかっこいいから、お願いだから、ダサいだなんて、奴隷だなんて、言わないでほしい。
今回のことは確かに逆に経済効果を生んでいます。でも、そんな言葉を使っていたら、いつか疲れ切って責任を持てなくなってしまう。みなさんには自分のことかっこいいって思っていてもらいたいんです。
お金を持っていることは、お金にこだわることは、かっこいいことだと私は思います。


結局言葉尻にイチャモンつけてるだけかと思われるかもしれませんが、その認識でも構いません。でも私は思考と言葉は一致すると思っているし、西野さんの言葉は他の方(今回は特にクリエイターの方)の思考も蝕む可能性を持っていると思います。


何ヶ月もお小遣いを貯めて、テストで満点を取ってお小遣いをもらって、そうして好きなものを買うことは、スタバの新作を我慢した過去の私に、夜遅くまで勉強を頑張った過去の私に、責任を持つことだと思います。「『お金』に許可を取ること」、それは過去の私に許可を取ることです。
そんな私たちに、お前らかっこいいよ、ってかっこいい大人の皆さんに言われた方が、私たちはよっぽど嬉しいです。